おはなし

くしがき仙人

飛騨地方の日本昔話「くしがき仙人」。

くわしくみる

  • 文章:東方明珠
  • 朗読:須田勝也
  • イラスト・アニメ:ゆめある

本文

むかしむかしの おはなしです。
飛騨の 高山の 八軒町に げんぞうという 男が 住んでいました。
「おちよ しなないで おくれ」
「あなた、ごめんなさい……」
びょうきの つまを なくし、げんぞうは ひどく おちこみました。
いえから いっぽも 出ない げんぞうを 心ぱいして、大工の なかまが やってきました。
「げんき 出せよ」
「さけでも のめば きが はれるだろう」
それでも げんぞうは うつむいた ままです。
なかまたちは 少しでも はげまそうと、明るい はなしを しました。
「しっているか、仙人に なれば くもに のって 好きな ところへ 行けるって」
そのとたん、ずっと だまっていた げんぞうが 口を 開きました。
「どうすれば 仙人に なれる?」
くもに のれたら きっと おちよに 会いに 行けるはずです。
「さあ……。東山の 素玄寺の おしょうさんなら わかるかもな」
なかまたちが かえると、げんぞうは おしょうさんを たずねました。
「仙人に なるには どうすれば いいですか?」
「そうじゃなあ。ふかい 山へ 入って、火に かけない ものを たべ、心を きたえる ことかのう」
「火に かけない もの? ――そうだ、串柿が いい」
げんぞうは くしがきを たっぷりと かいこみ、松倉山へ のぼりました。
あたりは うすぐらく、しんと しずまりかえっています。
「あの 岩の 上で しゅぎょうを しよう」
それから、雨の日も 風の日も 目を 閉じて かんがえごとを しつづけました。
「これが さいごの くしがきだ」
げんぞうは すっかり やせほそり 手足は 木の ぼうの ようです。
「あたまが くらくら する。目も かすんできた」
だんだん 仙人に ちかづいている ような きがしました。
よくあさ、目が さめると あたりが きりで おおわれて いました。
「これは くもの 中か? おれは とうとう 仙人に なったのだ」
げんぞうは ふらふらと 立ちあがり、きりの うみへ とびこみました。
けれども やはり、くもになど のれるはずが ありません。
まっさかさまに ふもとの 村まで おちていきました。
はたけしごとを していた 村人たちは びっくりです。
「まだ いきが あるぞ」
「おしょうさんの ところへ はこべ」
みんな ひっしで かんびょうを しました。
やがて、目を さました げんぞうに おしょうさんが 言いました。
「仙人に なるなど むりな こと。なくなった おちよさんも 心ぱい しているぞ」
「おちよが……」
「はやく げんきに なって、これまでどおり しごとに はげみなさい。そのほうが おちよさんも よろこぶじゃろう」
「わかりました」
それからというもの げんぞうは よく たべ よく 休み、すっかり かいふく しました。
「きょうから また はたらかせて ください」
「もちろんさ、くしがき仙人」
ひとびとは げんぞうを 『くしがき仙人』と よんで あたたかく むかえいれました。

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