おはなし

のっぺらぼう

商人の前に現れる「のっぺらぼう」…。その正体は…。

くわしくみる

  • 文:東方明珠
  • 声:須田勝也(コトリボイス)

本文

これは 世にも ふしぎな おはなしです。
お江戸の 赤坂(あかさか)の あたりに 紀の国坂(きのくにざか)という 坂みちが ありました。
坂の かたがわは ふかい ほり、はんたいがわは 高い へいが つづいて います。
この あたりは 夜に なると まっくら です。
みんな ここを さけて 回りみちを するほど さみしい ばしょ でした。

ある夜、一人の 商人が 紀の国坂を のぼって いきました。
すると、坂の と中に わかい むすめが うずくまって いました。
「どうしました?」
むすめは ほそい かたを ふるわせて ないて いました。
じょうひんな きものに きれいな かみで、いいところの おじょうさんの ようです。
商人は しんぱいに なりました。
「なにが あったのか はなして ごらんなさい」
それでも、むすめは しくしくと ないています。
「おじょうさんが 夜ふけに 一人で あぶないですよ」
このあたりは 人を 化かす ムジナが 出るという うわさです。
商人は むすめの かたを やさしく たたきました。
「もう なくのは およしなさい」
むすめは ゆっくりと 立ち上がりました。
そして ふぅわりと ふりかえりました。
その かおは まっ白。
目も はなも 口も ない のっぺらぼうでした。

「出たー!」
商人は 坂を ころがるように かけ出しました。
あたりは まっくら。
はしっても はしっても なにも 見えません。

やがて、とおくに ちょうちんが ぽっかり うかび上がりました。
そばを うる やたいの あかり でした。
「おーい、たすけてくれ!」
商人は そばうりの せ中に よびかけました。
「だんな、そんなに あわてて どうした?」
「出たんだよ」
「出たって どろぼうかい?」
「いや ちがう。もっと ずっと こわい ものだ」
「へえ、それじゃあ だんなが 見たのは――」
そばうりは くるりと ふり向きました。
「こんな かお かい?」
そばうりの かおは たまごの ように のっぺら していました。

「また 出たー!」
商人は いのち からがら にげ出しました。
ようやく いえの あかりが 見えてきました。
おかみさんが ちょうど げんかんを あけて いえへ 入ろうと していました。
「まってくれ、おまえ。出たんだよ」
おかみさんは うしろを 向いたまま くすりと わらいました。
「なにが 出たの?」
「おそろしくって 言えないよ」
「それって こーんな かおの おばけ?」
ゆっくりと ふりかえった おかみさんの かおは のっぺらぼうでした。
その とたん いえの あかりが ふっと きえました。
商人は うーんと うなって たおれて しまいました。

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