おはなし

生と死についてのお話

ゆめあるオリジナルの生と死についてのお話。
生と死について考えるきっかけになればと思います。

カイドウ

くわしくみる

第1回 生と死についてお話投稿コンテスト最優秀作品

  • 文:みあ
  • 声:結城ハイネ(koebu)
  • 絵:ゆめある

本文

春、ぼくは妖精に会った。

ある晴れた日に、ぼくはいつもの散歩コースをちょっとはずれてみることにした。ホントは散歩なんてうんざりしてるんだけど、先生が「体を動かしなさい」って言うから、しかたなく。ぼくは病気で、体が弱くなっているから、少しでも体を動かしたほうがいいんだってさ。

ぽかぽかするお日様の光を背中にあびながら、ぼくはいつもなら右に曲がる道を左に曲がってみた。

右の道はきちんとして、花だんと道の区別がついているけど、左は違う。誰かが左の道を選んだところを、ぼくは見たことがない。

伸び放題の草をかきわけながらぼくは進んでいった。なんだか探検家になったみたいだ。わくわくしてきた。

しばらく進むと、1本のカイドウの木が目に入った。ピンク色の花がふんわり咲いている。

その根元に、妖精はいた。

色素の薄い髪は長くのびて、地面に広がっていた。髪が汚れてしまいそうで、もったいない。それから白を通りこして青白いといってもいいほどの肌。

唇はふっくらしてまるでカイドウの花で染めたようなピンクだった。

妖精は眠っていた。長いまつ毛が影をつくっている。

ふらふらと近づいて、顔をのぞきこんだ。途端に妖精が目を覚ますものだから、ぼくは驚いた。

「……なあに」

妖精が口を開いた。甘いジュースのような声だった。

「あなたは、誰? 妖精?」

そう言うぼくを見て、妖精はくすりとした。

「そうよ。カイドウの花の妖精なの」

それからぼくは、散歩のたびに妖精の元へ通うようになった。

今まで嫌がっていたぼくが散歩するようになって先生は喜んでいた。「そうやって体を動かしていれば、健康にいいからね」だって。

でもぼくは体を動かすために散歩してるんじゃなかったのに。

妖精は毎日カイドウの木の下にいた。当たり前か。妖精なんだから。

ある時は根元に寝転がって、またある時は幹に寄りかかってぼくを待っていた。

「ねえ、ひどいと思わない?」

妖精はそう言ってカイドウを見上げた。

「この木はこんなに美しい花をつけるのに、誰の目にも留まることなく枯れていくんだわ」

確かに、ここらへんでぼくたち以外の人影を見たことがない。カイドウはここで、ひっそりと咲いているだけ。

「でもぼくはきみを見つけたよ。きれいな花も、きれいなきみも」

妖精は笑ってくれた。初めて見た時と比べて体は痩せ、顔色もだいぶ悪かった。

「見て」

妖精は洋服の袖をまくった。

ぼくは妖精の手首を見て、思わず息をのんだ。

妖精の腕は、もはや肉というよりは骨に近く、枯れた小枝みたいだった。

「私、もうすぐ枯れちゃうのよ」

あまりにも明るく言うものだから、ぼくは泣いてしまった。目からぽろぽろ流れた涙を、妖精は親指でぬぐってくれた。

「ありがとう。泣いてくれるの」

そして彼女はぼくをやさしく抱きしめた。カイドウの香りがした。

「ねえ、どうか私のこと、忘れないでね。それで長生きしてね。私を見つけた君がそうしてくれたら、私、それだけで生きててよかったって思えるの」

カイドウの香りの中で、ぼくは力強くうなずいた。


次の日にぼくがカイドウの元へ行くと、もう妖精はいなかった。

代わりにカイドウの花がすべて散っていた。

ぼくは木の幹にそっと手を触れた。幹はかさかさしていて、妖精のさらさらした肌とはぜんぜん違った。

また散歩がつまらなくなっちゃうな、とぼくはぼんやり考えていた。だから、早く元気になってやろう。元気になったら、散歩どころか、どこまでだって歩いていける。

それで、何年も、何十年もあとになって、ぼくが彼女の元へ行くときは、カイドウの花を持っていくんだ。

神様になりたかったおじいさんの話

くわしくみる

第1回 生と死についてお話投稿コンテスト優秀作品

  • 文:みぞくちさとこ
  • 声:テリュ
  • 絵/アニメ:インターン生

本文

長く長く生きて何でも知っているおじいさんがいました。あまりに長く生きたので、妻も子も孫も、孫の孫も、遠い昔に死んでしまいました。

  おじいさんは、ある日、神様になりたくなって出かけていきました。何でも知っているおじいさんは、もちろん神様がお住まいの場所も知っていました。
  遠く遠く旅をして、神様の前にたどりついたおじいさんは
「わしを神様にしてください」
  と頼みました。神様は
「なぜ神になりたいのか?」
  とお尋ねになりました。おじいさんは
「すべての人を幸せにしたいのです」
  と答えました。
「今日から、おまえが神だ。私はもう、神でいることに倦んだのだ」
  神様はそういうと、どこへとも知らず去っていきました。

  新しい神様になったおじいさんは、さっそく人々を幸せにするため、人々の願いをききました。

「お日さまがいつもあたたかく照らしますように」
「草木を育てる水が豊かでありますように」
「私の歌をあの人のもとへ風がはこびますように」

願いがかなうと、人々はみな
「神様、お恵みをいつもありがとうございます」
と言って感謝しました。
  願いがみんなかなうと、人はどんどん増えていきました。村ができ、町ができ、国ができました。
  たくさん人が増えると、願いもどんどん増えていきました。
「となりのあいつより、もうかりますように」
「わが子が誰よりも、美しくなりますように」

  おじいさんは、一生懸命、願いをかなえようとしましたが、人々は次第に神様に祈ることも感謝することも忘れていきました。
  それでも願いは増え続けます。おじいさんは、どんどん願いをかなえつづけました。
「わが村が、どこよりも、豊かになればいい」
「わが家が、どこよりも、豊かになればいい」
「私だけが、だれよりも、幸せであればいい」

  とうとう、たくさんの国が互いに殺し合いをはじめました。
「隣の国の人間を皆殺しにするぞ」
「私の家族だけは生き残るのだ」
「俺はたくさん人を殺して出世する」

  おじいさんは、人々の幸せだけが見たかったのに、毎日、毎日、人々は死んでいきした。
「いやだ、いやだ、死にたくない」
  と、願いながら。
  しかし、その願いだけは、おじいさんが神様になっても、かなえてあげられませんでした。

  おじいさんは、もうこれ以上、死んでいく人の願いを聞くのはいやでした。
  おじいさんは神様をやめてしまいました。

  どんな願いも届かない、高い高い山のいただきに登って、岩穴にとじこもりました。
  人を見なくなって、願いも聞こえなくなっても、おじいさんは長く長く生きつづけました。

  たくさんの嵐が通り過ぎましたが、岩穴の奥でただじっとしていました。

  ある日、おじいさんは、高い高い山のいただきにまでとどく、強い願いを聞きました。長い間、人の言葉を聞かなかったので、なんと言っているのかわかりません。しかし、なんとも強い強い、おじいさんが今まで聞いたこともないような、強い願いです。
  おじいさんは山を降りることにしました。


  世界は、まったく変わっていました。

  生きた人の姿はどこにもなく、いたるところに干からびた死体が転がっていました。
  緑ふかかった森は砂漠に、海は干上がった荒地になっていました。

  強い強い願いは、風も吹かない荒地の向こうから聞こえてきます。おじいさんはどんどん歩き、その願いを、となえ続けている、女のそばにたどりつきました。
  女はすでに死にかけていました。
  女はただ一つの願いだけを祈っていました。

「どうか、私のぼうやが一日でも長く生きられますように。どうか!」

  おじいさんは女が抱きしめている赤ん坊を抱き上げると、女のほほを、そっとなでました。女は安心してほほえむと静かに目を閉じました。
  おじいさんは、世界で最後の願いをかなえることにしました。
  赤ん坊のために暖かなお日様と草木をうるおす水と肌をなでる風を与えました。
  赤ん坊に乳を出してくれる動物も、寝床になってくれる木の枝も、耳を楽しませてくれる鳥のさえずりも与えました。
 
  赤ん坊はすくすくと育ち、立派な大人の男になりました。おじいさんは男にたずねました。

「おまえは母の願いどおり長く生きる。これから生きていくのに、なにか願いがあるならどんなことでもかなえよう」

  男はにっこり笑うと言いました。

「今まで私を育ててくれたおじいさんを幸せにしてあげたい」

  その願いを聞くと、おじいさんの胸の中にほわりと暖かい気持ちが生まれました。
  そして、とても眠くなりました。
  おじいさんは、男に神様の役目をゆずり、眠ることにしました。
  あたたかくしあわせな夢につつまれて、おじいさんが目覚めることは二度とありませんでした。

また会えるから。

くわしくみる

第1回 生と死についてお話投稿コンテスト優秀作品

  • 文:S
  • 声:プニ太郎(koebu)
  • 絵:ゆめある

本文

おばあちゃんは、お別れの前に私に言っていた。

「泣かないで、また会えるから」

その時私は小さかった。


だから、



「また会えるから」



そう言っていたおばあちゃんと、いつ会えるのかわからなかった。


それから、おばあちゃんと会えないまま私も大きくなって、お母さんになって、私もおばあちゃんになりました。


あの時私は、いつおばあちゃんに会えるのかぜんぜんわからなかった。


でもね、今の私ならわかるよ。


だから、今から私も会いに行くね。


待っててね、おばあちゃん。


でもその前にみんなに言っとかないと、



「大丈夫、また会えるから」

きんぎょ

くわしくみる

第1回 生と死についてお話投稿コンテスト優秀作品

  • 文:ひめうさぎ
  • 声:結城ハイネ(koebu)
  • 絵:ゆめある

本文

「これは 元気がいいから、げんちゃん。ちょっと目がとびだしているあれは、でめちゃんだね。あっ、おねえちゃん、このこ、おなかのところけがしてるよ」
  秋祭りで 私たちは 金魚すくいをした。
  ゆかりは、水そうにうつしたばかりの 金魚たちに それぞれ名まえをつけていた。
  いわれるまでもなく 私も けがをした金魚が 気になっていた。
  水そうの底で しずかに むなびれだけを 動かして じっとしている金魚。
  おなかのあたり、うろこがはがれて 白くなっている。
  私たちは、その金魚に「だいじちゃん」という名まえをつけた。
「だいじちゃん、はやく よくなってね。ゆかりが 大事にしてあげるからね」
  ゆかりはそういって、いつまでも金魚をながめていた。

次の日、いつもより 早めに起こされた私は、お母さんから、金魚が 一匹 死んでしまったことを知らされた。
(やっぱり、だめだったか)
  だいじちゃんを 思いうかべながら 水そうをのぞくと、意外にも 水面にうかんでいたのは、だいじちゃんではなく、元気な げんちゃんだった。
「かわいそうに。きっと、病気だったのね。庭のかだんに うめてあげましょう」
  お母さんは 庭にでて、最近 チューリップの球根をうえたばかりのかだんに、小さな あなをあけた。
  私は、げんちゃんを すくいあげた。
  たよりなく 横たわる、その 赤いかたまりの重さが、私の 手のひらの まんなかあたりで、じんじんと かんじられた。
そこへ ゆかりが、目をこすりながら 起きてきた。
げんちゃんが 死んでしまったことを知ると、ゆかりの目は 大きく一度、左右に動いてから、たくさんのなみだを 一気に ほっぺたへと おしながした。
「あんなに 元気だったのに、もう 天国にいっちゃうなんて ひどい」
  ありったけの力をふりしぼって、なきさけぶ妹をだきあげて、お母さんは 家の中に入っていった。
私はげんちゃんを あなにいれ、その上に土をかけてやり、もりあがったその場所を じっとながめていた。
(私は、なみだなんてでてこなかった)
ただなんとなく、そんなことを考えていた。

  家の中に入ると お母さんは、なきじゃくるゆかりの ねぐせのついたかみの毛を 手でなおしていた。

学校では 今朝の事が 頭からはなれず、私は 一日中 あれこれと考えこんでいた。
たとえば  げんちゃんのこと。
死んでしまった げんちゃんは、土の中で 今ごろどうなっているのだろう。そして これからどうなるの?

ゆかりのこと。
きのう かいはじめたばかりだというのに、まるで 何年も かわいがっていた ペットが 死んでしまったかのように あんなに悲しんで、泣きさけんでいたゆかり。   
  ゆかりの泣き顔が、何度も 頭にうかんではきえた。

そして私のこと。
  私は なみだなんて流さなかった。たったの いってきも。私は ゆかりみたいに 心がやさしくないのかな。
  だけど この手のひらに残る げんちゃんの重みは 忘れられない。 それは たよりなくて、風にでもふきとんでしまうかと思えた。なのに ゆびさきにまで 伝わってくる あの じんじんとした感じが 今も 私の手のひらに つきささっている。

いろんなおもいが 頭の中を ぐるぐるまわり、いくら考えても 気分は すっきりしなかった。

学校から帰ると、千円さつをにぎりしめたゆかりが、私にとっしんしてきた。
「お父さんがね、会社に行く前に、『だいじちゃんのお薬、買ってあげなさい』って、お金くれたの」
  ゆかりの あまりの元気のよさに あっけにとられた。
「おねえちゃん、ランドセルおいてきな。ペットショップに行くよ」
  私の まわりを スキップで くるくるまわるゆかりを みていると、今朝のことなど 私ひとりがみた 夢のようにさえおもえてきた。
ゆかりは げんちゃんのこと、もうわすれてしまったのかしら。

ペットショップから 帰ってきた私たちは、小さなバケツに 水をくみ、かってきた薬をお店の人に おそわったとおりにとかしてから、だいじちゃんを そのバケツにうつしてあげた。
「だいじちゃん、早くよくなってね、ゆかりが大事にしてあげるからね」
ゆかりは きのうと同じセリフをいって、バケツに 顔をつっこんだ。

今朝、お母さんは ゆかりをかかえて家に入るとき、
「きっときれいな花がさくわよ」といった。
私は 庭にでて その言葉を じゅもんのように となえながら、かだんに水をやった。
  気がつくと、いつの間にか ゆかりが となりに しゃがみこんでいた。
  大きな声で チューリップのうたを 歌いながら 小さくもりあがった土に 手をあわせている。
私には、それが 妹からげんちゃんへの、おうえん歌のように聞こえた。
  私も ゆかりの となりにすわり、じんじんする手のひらを あわせた。

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